日本3大うどんをご存知でしょうか。
讃岐うどんはご存知でも、他の2つは知らない人が多いと思います。
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讃岐うどんには不明な点がたくさんあるようですが、言い伝えによりますと弘法大師が唐から持って帰ったとも言われています。当時は麺ではなく団子状のものを食べていたようですね。室町時代に入ってから現在のような麺のうどんになったといわれています。香川県ではうどんを製造しているお店もたくさんあって早いお店では午前5時ごろからお店を開けているようです。ただ香川県のうどん屋さんは閉店時間も早く午後6時には60%近いうどん店が閉店しているようですね。香川県ではうどんが昼食として利用されていることを物語っていると言ってもいいでしょうね。香川県は瀬戸内海に面していて非常に雨が少なく小麦を作るには適していた土地だったことがうどんの普及に大きな影響を与えているようです。香川県ではうどんは別腹といって食前食後にうどんを食べるような人もいると聞いたことまであります。どちらかといえば讃岐うどんは太麺でコシがありますね。香川県でのうどん年間消費量は1人あたり230玉といわれていますからすごいですね。
うどん生産量を見てみると香川県が6万トンで日本一ですが、第2位の首都圏を消費地に持つ埼玉県が20万トンですから、いかに香川県のうどんの生産および消費がすごいかおわかりいただけると思います。香川県でうどん店として歴史に残っているものの中で最も古いお店は江戸時代の初めに現れています。また江戸が飢饉になった寛永19年(1647)には江戸幕府がうどんの禁令を出していますので、当時のうどおは庶民の食べ物であってもぜいたく品とみなされていたようです。香川県の金毘羅さんでは参拝客を相手にした旅籠が増え、1階をうどん屋にするところが多かったようです。田植えの時に食べる昼食を半夏生(はんげしょう)うどんといって、田植えの手伝いに来てもらった人たちに麦で作ったうどんを振舞っていました。讃岐うどんのブームとしては第1次が1969年に万博での宣伝や宇高連絡船での立ち食い。第2次のうどんブームは瀬戸大橋が出来た1987年。第3次が1995年にマスコミが「恐るべき讃岐うどん」と取り上げたとき。第4次が2002年で讃岐うどん店が首都圏などに出店したときですね。
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日本3大うどんとしては水沢うどんと稲庭うどんが言われていますが、讃岐うどんと比べると知名度には大きな差があるようです。水沢うどんは群馬県渋川市伊香保のうどんで讃岐うどんよりも麺が太く、主に冷たいざるうどんとして食べています。伊香保温泉の水澤寺周辺には13軒のうどん専門店が立ち並んでいます。讃岐うどんが香川県全域を、稲庭うどんが秋田県全域を代表する食品であるのに比べて水沢うどんは局地的ですね。最後は稲庭うどんです。稲庭うどんは手延べうどんで讃岐うどんや水沢うどんと比べて麺が細く、麺の中に空気を入れているので透き通った感じで仕上がっています。稲庭うどんの歴史も古く1600年ごろにからうどんが作り始められたようですが、庶民の食べ物ではなく、秋田藩主への献上品として、あるいは参勤交代の時に幕府への土産物とされるほど珍重されていました。現在でも贈答品として使われることの多い稲庭うどんは秋田県の人口1万人ほどの稲川町稲庭で作られ、70社で年商50億といわれています。